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エイサーの構成
エイサーは旗頭、太鼓踊、手踊、チョンダラー、地謡(じうてー)で構成され、太鼓は大太鼓、締太鼓、パーランクーの3種類。細い路地を100人近い隊列が唄い、踊り練り歩く様は壮観で、周囲は熱気に包まれる。
エイサーの起源
このエイサー起源は「ニンブチャーウドゥイ」(念仏踊り)であると言われている。以前はニンブチャー(念仏僧)が人が死ぬと家に招かれ、鉦や太鼓を打ちならし念仏を誦しながら踊るものであった。
その歴史は500年以上も前の「李朝実録」(1479年)のなかに当時の那覇の記録として残っており、そのころが始まりだと考えられている。
また、エイサーという呼び名は「おもろさうし」(琉球の古い歌謡集)の40巻からきているという説や、「エイサー、エイサー、ヒヤルガエイサー」のような囃子からきているという説があるがどちらも確証がなく実際の所は不明である。
沖縄市はエイサーのメッカ
沖縄各地域にあるエイサーの中でも特に人気があるエイサーは、沖縄市の「園田エイサー」嘉手納町の「千原エイサー」与那城町の「屋慶名エイサー」勝連町の「平敷屋、平安名エイサー」などがあげられる。そしてやはり沖縄市はエイサーのメッカ。毎年、旧盆の頃になると、街のあちこちからその稽古をする音が夕空に響く。老いも若きもその音を聞くと、不思議な安堵感と、内からわいてく生命のエネルギーを感じてくる。この日ばかりは子供もエイサーの追っかけを夜中までする。また、各シマ(自治会)でも独自のエイサーまつりをやる所もある。
沖縄全島エイサー祭り
そして県下最大のエイサー祭りは、旧盆明けの最初の土・日に沖縄市運動公園で催される「沖縄全島エイサー祭り」だ。
毎年、趣向を凝らした全島各地の舞いが沖縄市に集まり、時にユーモラスな演出もまじえながら、その伝統の重みを見せてくれる。世界的に類のないエイサーの見事なまでのオリジナリティは、海外からも注目されている。また、「豊中市琉鼓曾」「愛知県琉球エイサー太鼓連」兄弟都市である東京の町田市など、県外で活動しているエイサー団体を招待して、毎年20万余の観客でにぎわう。
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